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盛岡地方裁判所 昭和62年(わ)239号 判決 1988年3月23日

主文

被告人を懲役八月に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収してある保安器用ヒューズ型発信機一個及びラジオカセットレコーダー一台を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、信用調査、興信を業とする「株式会社甲野プロフェッショナル」を経営していたものであるが、

第一  知人のAから岩手県岩手郡西根町《番地省略》所在B方に架設されている日本電信電話株式会社岩手電報電話局の加入電話による右B方家人と他人との通話内容を盗聴録音することの依頼を受けてこれを承諾し、その旨同社従業員X及び同人を通じて同従業員Yに指示を与え、ここに右両名と共謀の上、昭和六二年四月中旬ころ、前記B方において、前記岩手電報電話局が右B方軒下に設置して管理・取り扱い中の加入電話四号保安器内に、保安器用ヒューズ型発信機を取り付け、同発信機から発信される電波をラジオカセットレコーダーで受信して盗聴録音することができるようにした上、その頃数回にわたり、同町大更第二五地割八五番地大更駅付近に駐車中の自動車内において、右B方加入電話を利用して同人方家人が他人と通話した内容をラジオカセットレコーダーにより録音テープ三巻に盗聴録音し、もって電気通信事業者が取り扱い中の通信の秘密を侵した

第二  同年八月九日ごろ、知人のDから、前記Bの関係者が前記Aの関係者に対し「どんな悪口をいっているか聞いてみたいものだ」等といわれたことから、再び前記B方架設電話の通話内容を盗聴録音することを決意し、その旨前記X及び同人を通じて前記Yに指示を与え、ここに右両名と共謀の上、同月一一日ごろ、前記B方において、前記電話の保安器内に前同様の発信機を取り付け、前同様の方法で盗聴録音できるような状態においたが、同月一八日ころ右発信機をCらに発見され、取り外されたため、盗聴録音の目的を遂げなかった

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法六〇条、電気通信事業法一〇四条一項に、判示第二の所為は刑法六〇条、電気通信事業法一〇四条三項、同条一項に各該当するところ、各所定刑中懲役刑を選択し、以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情が重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとし、押収してある保安器用ヒューズ型発信機一個は、判示第二の犯行の用に、ラジオカセットレコーダー一台は判示第一の犯行の用にそれぞれ供したもので被告人以外の者に属しないから同法一九条一項二号、二項を適用してこれを没収することとする。

(被告人、弁護人の主張について)

被告人及び弁護人は、被告人は(1)本件各犯行につき、自らは盗聴する意思がなかったので、犯行を企てたことも、又他の共犯者と共謀したこともない、(2)第一の犯行につき盗聴録音されたという通話内容を聴いていないから録音ができたかどうかも関知しておらず、従って通信の秘密を侵していない、(3)第二の犯行につき、盗聴録音する装置を未だ完成していない旨主張する。

よって検討するに、(1)の点については、被告人は、依頼人からの依頼にもとづき自ら経営する会社の従業員であるXとYに命じて本件盗聴装置の取付けと通話内容を録音テープに収録するよう命じたことを一貫して認めているのであるから、自らその録音内容を聴く意思がなくても録音すること自体が通信の秘密の侵害になるのであり、被告人の右行為は、すなわち本件犯行を「企てた」ことになり、又XやYと「共謀した」ことになることは明らかである。(2)の点については、前記のように電話の通話内容を録音すれば、すなわち通信の秘密の侵害になるのであるから、被告人がその録音内容を聴いたかどうかは本罪の成否には関係ないが、真実録音がされていたか否かは本罪の成否に関係があるところ、本件につき、当該録音テープは法廷に提出されていないが、本件証拠上(イ)第一の犯行に供せられた発信機と同種ものから発せられる電波を同じく同種のラジオカセットレコーダーで受信し、その内容を録音することが可能であることが鑑定により科学的に明らかになっていること、(ロ)録音の実行行為者であるYが、録音に際し音量をあげ通話内容が受信されていることを一部につき確認しており、又当該テープ三巻を依頼者に届けたXが、それを一部再生して聴き、B方電話の通話内容が実際に録音されていることを確かめていること、(ハ)当該テープを受け取ったAも、後日それを被告人に返還する時「役に立たなかった」とはいっていたが、「聞こえなかった」とはいっておらず、この「役に立たなかった」という意味は録音が不良で内容が聴き取れなかったというのではなく、むしろ同人の選挙活動のために役に立たなかったということであろうと推測されること等の点から考えて、結局当該録音テープ三巻には、B方加入電話の何らかの通話内容が録音されていたものと認めるのが相当である。(3)の点については、被告人、弁護人は公訴事実第二の「盗聴録音する装置を完成させた」の表現に拘泥しているようであるが、かかる装置の完成ということは本罪の構成要件となっていないので、何をもってかかる装置の「完成」と見るべきかはさておき、被告人の指示どおりに共犯者YがB方架設電話の保安器内に盗聴用発信機を取りつけたことが、とりもなおさず本罪の実行の着手であることは明らかであって、その後結局盗聴録音するに至らなかったのであるから、本罪の未遂となることは論を俟たない。

(量刑について)

通信の秘密は、人のプライバシーの権利として、人権の一つに数えられ、強く保護されなければならないのはいうまでもないところ、今日の社会における電気通信とりわけ大衆的な電話の果たす役割から見て、その通話内容の秘密の保たれることは、きわめて重要なことであるといわなければならない。このことは、各種事業活動における通信のみならず個人の私的な通話においても同様である。しかるに、本件のように、それを営業活動の一環とする手慣れた者の行為により電話の通話内容が簡単に他人に盗聴されるに至っては、電気通信に対する信用を失なわせかねないばかりか、一般大衆に対しても多大の不安を抱かせるものといわなければならない。特に本件盗聴が、西根町長選挙を背景とし、競争関係にある一方の立候補予定者が相手方の動向を探る手段として敢行されたものだけに、選挙の公正を害し、偽計手段により選挙活動の自由を侵すに等しい犯行であって、本件が社会に与えた影響はきわめて大きいといわなければならない。しかも被告人は、これを、自分の営む調査興信業の一環としてなしたものであって、被告人は依頼人との間で報酬契約をしていないと述べているけれども、発覚すれば罪に陥るような危険な行為を引き受けるというのは、何らかの見返りを期待していたからに他ならず、又被告人は法廷では西根町政を憂えてしたものだと述べ、何ら悪びれもせず自己の正当化に終始するなど総じて被告人のこの種事犯における反社会性は強いといわなければならない。更にこの種事犯の模倣性から一般予防的見地も又軽視できない。

以上の諸点を考慮すれば、被告人の本件刑事責任はきわめて重いといわなければならない。しかしながら、何としても被告人に本件第一の盗聴を依頼した人物(第二の犯行については直接の依頼人は証拠上明らかでないが、被告人の動機としては、第一の犯行の依頼の影響が大きく尾を引いていたことが明らかであり、それがあったからこそ、ある人物から盗聴依頼をほのめかされたことが第二の犯行の引き金となったというべきである)に最も大きな責任があるというべきであり、又被告人には、これまで八年程以前の罰金の一件を除けば何らの前科前歴がなく、通常の社会人家庭人であること等を斟酌して、本件については特にその刑の執行を猶予することとした。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 穴澤成巳 裁判官 豊田建夫 松井英隆)

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